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2011年6月

辻本好子 永眠

2011年6月18日(土)7:10
COML理事長・辻本好子が永眠いたしました。
昨年6月に胃がんが見つかり、ずっと治療を続けてまいりました。
その間、多くの方に温かい励ましと、大きな応援をいただきました。
本人に代わりまして、この場を借りて心よりお礼申しあげます。

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本日、6月20日(月)に火葬を済ませ、
出身地である愛知県で7月3日(日)に親族主催のお別れ会を執り行う予定です。
さらに、8月14日(日)に大阪国際会議場にてCOML主催のお別れの会を開催いたします。
詳細は、このブログや会報誌、新聞等でご案内するつもりをいたしております。
現在も、多くの方々、諸団体から数々のお悔やみを頂戴しています。
お一人おひとり、諸団体にお礼申しあげるべきところですが、
まずはこの場を借りまして、深くお礼申しあげます。

このブログで辻本がつぶやいてまいりましたように、
6月9日ごろまでは体調も安定し、さまざまな目標を立てて希望の実現を楽しみにしていました。
ところが、吐物を誤嚥したことによる誤嚥性肺炎で6月11日(土)に緊急入院し、
6月13日(月)午後からは昏睡状態に陥りました。
それでもなお、辻本らしいがんばりを見せたのですが、
残念ながら6月18日、帰らぬ人となってしまいました。

私たちCOMLスタッフ、関係者も深い哀しみを覚えております。
ただ、辻本は暗く送られるより、明るく振り返りながら送られることを望むと思います。
どうぞお別れの会に皆さまご参加いただき、辻本を偲び、明るく送っていただければと思います。
お別れの会は7月上旬までには日時、会場を決定する予定です。
多くの方とご一緒に辻本好子を想う時間を過ごせればと思います。
どうぞよろしくお願い申しあげます。

NPO法人ささえあい医療人権センターCOML
事務局長  山口 育子

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辻本好子のつぶやき No.27 ~術後の説明~

その昔、「真実」と「事実」と「現実」は微妙に異なる…

という話を聞いたことがあって、

そのときは、それなりに“納得”したように思ってます。

そのときの文献を改めて調べてみる余裕はないけれど…

言ってみれば

「真実」とは、自分(ときには自分だけが)が

“本当のこと”と思い込んでいること?

「事実」は、誰が見ても現実にあったこと。

つまり客観的事実っていうやつなかぁ~

(う~ん、そうかぁ~、納得せざるを得ないってことも含めて)

「現実」は、いま、現在、そこに、そうあること。

つまりは、本当に起きている、限りなく可能性の高いことって言うべきことかな?

そろそろ、私の病状について、

その「現実」なることをブログでお伝えしなきゃいけない時期に来ているような気がして…。

昨夏7月、手術後に主治医から受けた説明の全容を

カミングアウトしようと決心しました。

手術後の説明

手術は、当初の予定通り胃の3分の1弱を残して切除、

N1レベルのリンパ節(術式で決められている範囲)も切除した。

造影CTでは認められなかった腹膜への転移が残念ながらあった。

腹膜は横隔膜から骨盤内全体を覆っている膜だが、

結節状の転移が連続的に見られた。

腸間膜にあった転移はすぐに腸に影響を与えそうだったので切除したが、

それ以外は切除することに意味がないので、そのままにしてある。

直腸近くの腹膜にも転移があるため、

がんが進んで直腸に影響を及ぼすと便が詰まって出なくなる可能性がある。

その場合の対処方法として、人工肛門も考えられる。

それ以外の腸に影響が及んでも、腸閉塞が懸念される。

また、術前に説明したように、腹水が溜まる可能性もある。

胃の幽門部付近のリンパ節にも転移が見られ、

そこから胃に入り込んでいるがんもあった。

印環細胞がんが、一部スキルス化している疑いもある。

腹膜転移があった段階で、ステージ(病期)はⅣとなってしまった。

今後の治療としては、術後1ヵ月からT-S1の内服を開始する。

腹膜転移している場合、シスプラチンとの併用による強力な治療方法もあるが、

FECで白血球の値が下がったままになっているので、

T-S1単独の治療を考えている。

腹膜に転移したがんが、いつ腸に影響を及ぼすかは予想できない。

ショックでした!

まさか「スキルス」でⅣ期だなんて…。

まして、一番怖れていた腹膜播種まで…。

しかも、人工肛門まで…??

ただし、ここでも、俗に言う「頭の中が真っ白」にはなりませんでした。

やっぱり、そのときも、最初に頭をかすめたのは、

「これからの仕事をどうしよう…」でした。

なんともまあ、お人よしというか、どこまでも仕事人間、

そんな自分にあきれるような想いが心の半分を占めて今明日。

さてさて、ちょっと疲れてきました。

なにせ、昨日、外来抗がん剤治療を受けてきた身。

ちょっとばかり、ヘロヘロしているので、

この後の顛末については、次回でさらに詳しく…。

(6月9日記す)

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辻本好子のつぶやき No.26 ~転倒しちゃいました~

総会に出席した時に、すでに腹水が溜まり始めていて、

抗がん剤治療3週目には辛くなってくるのが、いまや私の「ルーチンワーク」。

今回は慌てることなく月曜日(5月30日)に入院して、

ちょうど1週間で退院、と、ここまでは優等生(?)だったんですが…!!

じつは、退院帰宅して、

いきなり後頭部をしたたかに打つ転倒をしてしまいました。

いやはや痛かったのなんのって。

しかも、言いたくはないんですが、

一晩で2度も、同じことを繰り返してしまったんです。

がんの治療を終えて退院してきた夜に転倒し、

打ち所が悪くて……じゃ、笑い話にもなりませんものネ(笑)。

病院の床はリノリュウムで、点滴台もしっかりしてるし、

押して歩くに支障もないし、廊下は広い。

つまり、病院での生活では、点滴台を引いて歩くのに、何の苦労もいりません。

ところが自宅は勝手が違う!!

いやあぁ~痛かった!!

多分、原因は、まずスリッパだったと思います。

フローリングの床でスリッパ…、簡単に滑っちゃったんでしょうネ!

そして、歩き方一つも違うことを実感したのでした。

それにしても、たった1週間の入院で、

ここまで手、足、腰の筋力が落ちるものなんですねぇ~~。

そして、改めて思ったことは、1週間、ほとんどベッド上の生活、

つまり腹水を抜いているときも、

ドレーンから直接抗がん剤を注入している間も、

基本的には“ベッド上の人”になってるわけだから…仕方はないのですが。

転倒したとき、身体を支えるために手足も出ぬまま、

気がついたら、亀がひっくり返ったような状態。

したたかに後頭部を打ちつけ、次第に大きなこぶが。

まず、出血してないかを確かめました。

次に「1、2、3」と数を数えて、ともかく10分くらい、

亀さん状態のままで、時のたつのを待ってました。

お蔭様で、いまのところは何の後遺症(笑)もなく、元気です。

ただ、体重が36キロ台になって、

筋力を失っていることを自覚することと、

病院の生活とは違うバリアフリー完備ではない「在宅医療」に、

深く注意しないといけないな~と、

いまは自分にしっかりといい聞かせてます。

ということで、今回は失敗談の恥ずかしいご報告でした。

(6月7日記す)

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辻本好子のつぶやき No.25 ~車椅子遠足~

前回の退院の目標は、ひたすらCOML総会出席だったのに、
その後に思いがけない「ちょっとした遠足(?)」という
“プレゼント”も待ってくれていました。

退院10日目の外来受診では、
腹水を抜いた管(ドレナージ)のその後の処置。
案の定、つなぎ目から漏れがあって、
「もう一針、縫っておきましょう!」となり、バッチリ止まりました。

つぎに、病棟でお世話になっていた『がんサポートチーム』の
サブリーダー・腫瘍内科医のSドクターの外来へ。
院内地図にはわかりやすく場所案内があるので、迷うことはないのだけれど
ドアの表示は至極簡単で、『相談室』。
ところが、標榜科目としては『精神科・神経科・心療内科』とも書かれている。
一筋違いの通路には『医療福祉相談室』『医療相談室』と
プレートのかかった部屋があって???

たまたま事前に山口が確認していたので、
何ら迷うことなくSドクターの部屋に行けたものの、
ほかの患者さんのなかには迷う人がいても不思議はない!
そして、中に人がいるのかいないのか、も・・・?
場所が院内の奥まったところにあるだけに、
やはりもう少し親切な案内表示があるといいなぁ~。
そして、『在室・不在』のプレートとか、
「まずはお声をかけてください」といった優しいことばかけのプレートとか、
あればもっと親切だと思いました。

ちなみに、一筋違いの『医療相談室』では、
MSW(医療ソーシャルワーカー)が業務をおこなっているので、
いわゆる心のケアや緩和ケア、
がんサポートとして位置づける腫瘍内科医の“相談外来”とは
目的そのものが違っているけれど、
その違いを当初からかぎわけられる嗅覚を持った患者さんなんて、
そんなにいやぁしない。

たとえば・・・と、ひとつの具体例だけれど、
院内のそこかしこには、その気になって見ると結構いくつも点在している。
病院の人にとっては"当たり前"でも、患者には“???”
やはり案内表示や総合案内の役割のさらなる充実を図ってほしいもの。

・・・で、“プレゼント”なる話・・・
なんと受診の帰りに車椅子のままデパートにまわり、
なくなってきた化粧品を買い、
上階で開催されていた手作り展を見て、
首からぶらさげている携帯の袋を自分で作ろうと発想を盗み
金平糖を買って帰路に向かう・・・はずが、
山口の機転で地下鉄の経路を変えて、
靭(うつぼ)公園の満開のバラ園にまで足を延ばし
見事なバラを鑑賞

大輪の花びらは少しずつ落ちていたものの、
公園全体が見られる小高い丘の上でしばし満開の何種類ものバラを堪能
まさか外来受診の帰りに・・・期待もしていなかっただけに、
じつは密かに<つぎは・・・>と夢が広がっています。
朝9時~午後3時、計6時間の楽しい車椅子遠足!と相成りました。
(6月1日記す)

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辻本好子のつぶやき No.24 ~ヘルパーさんのヘェ~話~

在宅医療では週1回のかかりつけ医とナースの訪問。

012

訪問看護師さんは、とりあえずほぼ毎日。
いずれはIVH(中心静脈栄養)点滴にほかの薬剤の混注作業や管理の一人立ち。
その後は、2日ごとでも、3日ごとでも
「臨機応変にしましょう!」と言ってくださっています。
いまのところはそんな具合で、足繁く“訪問医療”が通ってくれるので、
日中も寂しくなんてありません。
それぞれの役割で、私の「日常」を支えてくれる話を聴くなかで、
“ヘェ~度”の高いのがヘルパーさんの話。
たとえば、洗濯するとき、
1枚でも同居人(家族)の下着が入っていたら、それはタブー
さらには、ついでだからと、
2人分の味噌汁やおかずを作ることもタブー!!
もちろん、買い物も然り。
患者さんに関するものはよくても、ほかはダメ
洗剤なんか、どうするんでしょうね!?

先日も、スーパーへ行く途中のポストに葉書を投函してもらいたいと頼んだら、
「…ほんとうはダメなんですが…」。
もちろん、何でもかんでも“なしくずし”にしたら、
ヘルパーさんの負担が増えるばかり。
際限もなくなっちゃうでしょうから、
ある程度の線引きは必要とは思うけれど…
やっぱりお役所仕事で、机上の論理と現場のギャップは
なかなか埋まりそうにはないですネ。
願わくば、せっかくのヘルパー事業が冷たさを感じさせるものにならぬよう
これから先のニーズと照らし合わせた実質的なものに
改善していってほしいと願わずにいられません。

ただ救われることは、
我が家を担当してくれるどのヘルパーさんも30代半ばの独身で、
心優しい女性ばかり!
世の男性の“見る目”のなさに
少々ジレンマを感じる今日このごろです。
(5月29日記す)

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医療で活躍するボランティア養成講座 参加者募集!!

「辻本好子のつぶやき」を読んでくださっている皆さ~ん!!
ちょっと横入りさせていただきます。
今回は閑話休題ならぬ、「医療で活躍するボランティア養成講座」について。

003

2009年に開講した「医療で活躍するボランティア養成講座」。
これは、医療の制度・しくみ、歴史、医療費、課題などなど、
医療にまつわるあれこれを理解し、
さらに深く医療に関ったりボランティアをしたりする人を増やそう
という試みで始めた講座です。

1回3時間の7回講座。
もちろん、7回全部参加が条件ではありませんので、詳しくは
http://coml-blog.cocolog-nifty.com/blog/kouza.html
をご覧ください。

これまで3期開講してきて、合計の参加者は約280名。
患者や家族の立場で、「医療に何か恩返ししたいから」という人。
患者会を主宰していて、「もっと医療を勉強したいから」という人。
純粋に「医療に関心があるから」という人。
さらには、意外と多い参加者が、医療従事者。
これまでに、ドクターが1人、ナースや医療事務の方は多数参加してくださっています。

第4期となる今年は、7~9月にかけて開催。
皆さんのご参加をお待ちしています

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辻本好子のつぶやき No.23 ~退院して考える病院食~

退院して自宅に帰ってから、急激に変わったことが「食」。
…とまあ、口から一切のものが食べられない私ゆえ、
これを“変化”といえるのかどうか…。

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温かい飲み物が急に欲しくなって、まずはハーブティから始まり、
フリーズドライの味噌汁の上澄み、
そして、なんと小さな「金平糖」の昔懐かしい飴玉を口に含むとホッ!
さらには病院では比重が重くて、とても受け付けなかったアイスクリームを
スプーンに2~3口
どうです!? すごいでしょう

もちろん病院でだって可能なもの、
と言ってしまえばそれまでのことなんだけれど、
要は「自宅」という馴染んだ環境が
食べる意欲まで回復させてくれているってことなんだと思います。

ということで、改めて病院の給食を振り返ってみると、
やっぱり「もっとこうあってほしかったなぁ~」というあれこれが沸々と…。
決して不平、不満、悪口ではなく提案ですから、あしからず!

3月21日に入院した頃は「軟食」メニューで、
朝食にはパンと牛乳、
小鉢のサラダ(けちな喫茶店の半分以下くらい)とジュース。
総カロリーとしては毎回500カロリー近い数字のカードが
添えられていました(ちなみに昼食も夕食もメニューは書かれていませんでした)。
しかし、牛乳もジュースも受け付けず、パンも三分の一くらい。
カードに栄養士さん、ないしは調理をしている人に…
と、感謝と感想を書き添えてお膳をさげました。

たまたま下げたお膳を運ぶ人と出合ったので
「このカード、担当者に届きますか?」
と尋ねてみたら、
「いいえ、棄てちゃいますよ」
と、いとも簡単に言われてガックリ
作り手とつながらない寂しさを感じました。

もちろん私の入院した病棟は消化器系の患者さんが多く、
しかも結構、高齢者の方々が…。
下げられたお膳を見ると私同様、
紙パックの飲み物の類はほとんど封も開けられずに残っていました。

いわゆる“要件”、つまりカロリーは満たしているのでしょう。
しかし、やっぱり“中身”です。
せめて、もう少し食べる人の身になった食事にできないものなのでしょうか?

栄養士さんが病室に来てお話しすることで
診療報酬点数がつくようになりました。
つまり私たちは、そうしたことにも医療費を払っているのです。
私の場合も、熱心な栄養士さんが、足しげく病室に顔を見せてくれて、
何とか食べられるようにと応援してくださいました。
しかし、どんどん食べられなくなっていく私との話し合いの中で、
増えていくのは、結局は「エンジョイ」といった、
一般の人でもまずくて飲めないようなジュースだったのです。

たまたま次男坊が冷蔵庫に残っていた「エンジョイ」を試しに飲んだところ、
一気に気分が悪くなって、
「こんなもんを飲まされりゃあ、
食欲なんてどんどん無くなっちゃうよネ」と同情してくれました。

食べることって人間の「欲望」です。
やっぱり諦めたくなんかないですよ。
形だけじゃない、愛情のこもった食事作り、
これからも頑張って欲しいなぁ~と願わずにいられません。

ブログ終わったら、ちょっと、アイスクリームを

(5月27日記す)

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