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辻本好子のつぶやき No.15 ~手術以降②~

2月の緊急入院した12日間の講演予定は、すべて山口が代わってくれ、
そのときの手帳のスケジュールに--(線)が引かれ、
「山口代」の印が並び…
悔しいやら、情けないやらで、ホゾを噛む思いの日々でもありました。

3月初旬、名古屋大学医学部附属病院の講堂でおこなわれた
「日本糖尿病教育看護学会」の東海地区の2時間の講演は、
前々から何としても出かけたいという強い思いがあり、
幸い名古屋在住の次男が付き添ってくれることで依頼側の安心も得て、
実現にこぎつけることができました。
2時間の想いを語ることもさることながら、
初めて息子に「私の仕事」の集大成を聴いてもらうという、
常なら恥ずかしさが先に立つけれど、
この日ばかりは、
「君の母親は、こういうメッセージを患者の立場から慰労者に伝える役割を
20年間模索してきたんだ」
と暗黙のうちに伝えたかった気持ちもありました。
終了後、息子が「聴けてよかった。誇りに思う」と言ってくれたことで、
大きな大きな肩の荷がひとつ降りた気持ちになれた、
幸せの瞬間でした。

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退院後、まだ多少の体力は残っていて、
最後のふんばりは、たまたま例の3月11日(東日本大震災の日)は東京で--
まさに、2時45分までの講演を終了し、
深々と「ありがとうございました」とお礼を述べたところで未曽有の揺れ。
ビルの5階にいて、結局ジィ~~としているしかない数分間。
阪神大震災もそれなりに(大阪で)体験していても、
人間いざとなったら何もできないことを改めて思い知りました(3月11日)。

這う這うの体で翌日帰阪し、
テレビニュースを観ては、しばし呆然自失の日々を過ごすことに。
週が明けた月曜日。
西宮市内の病院の看護部長から、
じつに心のこもった依頼状をいただいて大きく心が動かされ、
近場であることを理由に、付き添いも断って一人で出かけました。
案の定、看護師ばかりか医師の皆さんまで参加してくださり、
熱心に私の話に耳を傾けてくれる様に、私のほうが感激。
しかし、すでにこのときも腹水の溜り始めの兆候があり、
途中から(初めて)椅子にかけて語らせていただいた2時間になりました(3月14日)。
(5月7日記す)

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