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辻本好子のつぶやき No.14 ~手術以降①~

昨夏7月、胃がんの手術(7月12日)。
2週間の入院を経て自宅療養。
異常とも思える酷暑続きの毎日。
部屋に閉じこもって、テレビで高校野球観戦に明け暮れた。

9月復帰を目指したものの
我慢しきれず8月末に大阪市内で術後初の体験を交えた話を1時間。
立っていても、何やら身体がフワフワと浮いているようだったけれど、
すぐに勘のようなものがよみがえり、多少の自信にもなった(8月21日)。

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それから少しずつ仕事のペースを上げ、行ける限りは…出席できる限りは…
と、講演や文部科学省、厚生労働省、消費者庁の会議にも参加できるようになりました。
すでに抗がん剤治療が始まっていて、
手足の指先の強いしびれ感と、
秋口には脱毛もあって、外出の際の帽子が手放せなくなりました。
日本文化というべきか、古い体質を残しているお歴々の方たちというべきか、
会議中に帽子をかぶっていることに白い眼を向けられているような
強い違和感を覚えたことがいまも鮮明に心に焼きついている。
--こんな所でオシャレなんかして--と思っているのか、
いつもなら目を合わせてくれる人までが、なぜかよそよそしい。
…抗がん剤治療による脱毛なんですヨ。
とわざわざ言い訳することもできず、
小さな孤独感を味わっていたころです。

後日談。
--あれはオシャレじゃなかったんですネ--
と何人もの人から声をかけられるようになったのは、
激やせして、見るからに“病人”になったころのことです。

そんなこんなで冬を乗り切ろうと思っていたのに、
11月初旬の夜、出張先のホテルで右側背部の激痛に襲われ、
“のぞみ”の始発を待って病院へたどり着き、緊急入院(11月11日)。
水腎症とわかって、早速右側の腎臓と膀胱をつなぐ尿管に
ステントと呼ばれる管を挿入するミニ手術を受け、事なきを得たのです。

じつはその後、1月下旬にも左側に同じ症状が起き、
経験、学習が功を奏して外来の処置でステント挿入(1月26日)。
しかし、その後は割合に順調に推移し、
念願だった沖縄講演も無事終え、
いつも「今度はいつ帰ってくるんだい?」
と声をかけて待ってくれている仲間とも、
青い海を見ながら極上のひとときを過ごすことができました(2月5日)。

ちょうどそのころから、
手帳に目いっぱい詰まっているスケジュールが
次第に重荷に感じるようになり、
弱気にさいなまれるような気分になることがしばしば…。
東京→札幌→東京→神戸と強行軍が続いたところで、ついにダウン。
神戸の講演を終えてから、飛び込むように病院にたどり着いた翌日に、
再び緊急入院。
腹水を5リットル抜いて、ようやく布袋様のようなお腹がへこみ、
輸血によって貧血からも解放されました(2月20日)。
(5月7日記す)

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